僕の人生プレリュード(前奏曲)

僕は2歳の頃からピアノを始めた。
お父さんが音楽関係の仕事をしていたから、自然と僕も音楽に興味をもった。
でも、2歳のときに「興味を持った」なんて感情を抱くのは可笑しい話だ。みんながそう言って笑った。僕もだんだん、本当にそうだったかは忘れた。
けどそんなことはどうでもよくて、問題は今の僕だ。僕は今思春期なのか、普段イライラが耐えない。



「きらきら星変奏曲」
楽譜にはそう書いてある。でもそんな題名が初めからついていたわけではない。
この曲は当時1778年頃のフランスで流行った歌曲(恋の歌)「Ah! vous dirai-je, maman (ああ、お母さん、あなたに申しましょう)」をもとにした12の変奏曲。
モーツァルトはこれを、弟子に教える曲として作った。
…だった気がする。
僕の予備知識、終わり。

僕がこの楽譜を選んで買ったのはよかったけど、手が小さいこの頃の僕(いまもかな…?)にはなかなか難しいものだった。何回同じ所を練習しても上手く弾けなくて、イライラして、悔しくて何回も目に涙を浮かべたのを覚えてる。
でも、泣くことだけは人前で絶対にしたくはなかった。
みんなが言う
「またピアノが弾けないからって泣くの?そんなことならやめちゃえば?楽になるよ。」
僕はそうやって馬鹿にされるのが大嫌いだった。別に好きで泣いてるわけでもないのに、人間という生き物はそうやってあがいているものに対してすぐ「なら、やめればいいじゃん。」と言う。
泣くのは好きでやってるわけじゃないけど、泣いてまでして諦めず取り組んでいる「これ」はもちろん、好きでなければ初めからやってなんかいない。
音楽を真剣にやっている人間にしかわからないことに、どうして関係ないただの人間が割って入ってくるのか、僕には到底理解できない。
理解できなくとも、邪魔さえされないのならそれでよかった。

もう一つ大嫌いが僕にはある。
それは勉強だ。まず初めに言わせてもらうと、やりたいことができない。いわば障害物。邪魔。
僕がテスト期間で早く学校から帰ってきてピアノの椅子をひくとお母さんが
「あんたなんでピアノのなんか弾いてられるの?少しは勉強したらどうなの。」
なんて言ってくる。
学校なんて毎日行くんだし。いいじゃん、学校で勉強すれば。ピアノのレッスンは一週間に1回。練習しないと困る。貴重なんだから。
いつもイライラした。
「ピアノのなんて」
その言葉に一番イライラした。
お母さんはピアノのことなんてどうでもいいみたいだけど僕はよくない。将来の夢を聞かれて「ピアニスト」って言ったのに、お母さんには頑張ってね、なんて軽々しく応援された。
だから悔しくて絶対なってやるって心に誓ったんだ。なのに邪魔だよお母さん、僕の人生は僕が決める。もしテストで悪い点をとって先生に呼び出されたって、あと何年か先の高校受験で落ちたって。
自分がピアニストになれるのなら問題はないはずでしょ?
お母さんが怒って言った。
「あなた馬鹿なの?ピアノと勉強、どっちが大事かわかってる?勉強でしょ?勉強なの。
勉強はピアノとは違うの。」


「勉強はピアノとは違うの。」



ねぇ。それって何?
またそれ?何回でも言えよ。言っとくけど、僕もお母さんとは違うから。考え方だって好きなものだって嫌いなものだって…!
「もうほっといてよ…!…っ」
言っちゃった。と思った頃には家からでてとにかく遠くに走っている。
あぁカッコ悪いな。僕は普段泣かない人と思われてるみたいだけど、そんなの全くの嘘だ。なにかあると悔しくてすぐに泣いてしまう。これじゃあ自分が負けたみたいでもっと悔しい。
みんなが音楽を真剣に見ている世界に行きたい。
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。それはとてもいい世界だ。誰も馬鹿にしない。「勉強とピアノ、どっちが大事なの?ピアノでしょ?ピアノなの。
音楽は勉強とは違うの。」
さっきまでイライラしていたことも忘れて
自然と顔が笑ってしまった。誰も見ていなかっただろうか。辺りを確認すると、ここが河原であることを今知った。走っていた足も、歩く速さにかわっている。
虫の音色が聴こえる。季節は秋。爽やかな風が気持ちよくて夕日は川をオレンジ色に染めていた。

綺麗だなあ…
しばらくそこに立ったまま、ぼんやりしていると、虫以外の美しい音色が聞こえてきた。


「フルート…かな?」


その音のある方を見ると、背の高い男の人…?遠くからだとよく見えない。
行ってみることにした僕は、そこで信じがたい光景を見た。






そしてそれが、僕の楽しいはずで過酷な、新しい人生の幕開けだった。